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2012/04/16 (Mon) 今更ながらRockを考えた

10代はロックを聴いて育ちましたが、演奏するのは未だに苦手だったりします。居場所がよくわからない。
最近またロック・バンドに少々お付き合いさせていただいていますが、居場所と自分のテンションの持っていき方に迷いばかり生じます。
そもそもロックとかポップとかブルーズとかソウルとかあんまり分けて考えたくないとか日頃うそぶいているくせに自分の事になるとすぐこういう不毛地帯に迷い込む。
手前で勝手に線引きして型にハマっておいて自分のテンションも無いもんだ。

例えばラテン音楽など、演奏様式や実際に用いるリズム・パターンに細かくいちいち名前が付いていたりして、あれをマスターするのはジャズのスケールを覚えるのよりもずっと難儀しそうなイメージが一見ありますが、それは覚えると思うから難儀なのであって、つまり型としての認識だけで演奏しようとするプレイヤーが落ち込む罠がここにはあるわけですね。
こうして音楽の記号化は進んでいきます。
元々音楽は記号に整理できるものはなるべく記号にして発達してきたという側面がありますからそれ自体悪いとは言えません。
プレイヤーに限らず音楽家がある程度音楽を記号として処理する事はむしろ自然な事ではあります。
だが、その処理の仕方に長けていく事が音楽家としての道なのかというと、たちどころに僕の中には疑問が生じます。
一つの道ではあるでしょうけど。
というか歩き始めた誰もが一応は通るであろう大通り商店街。
で、実はその先に無数の長い険しい道があって、そこに足を踏み入れないと見る事の出来ない花が咲いているんじゃないかと思う。
でも誰もがその花を見たい訳でもないんですね。
大通り歩けば一通り見た気になれる人には、その花は初めから存在すらしない。
見たい人だけ見に行けばいいんでしょうね。
僕は見に行って、手にとって匂いを嗅ぎたい。

ロックというのはその花を見に行きたい衝動が先走って靴も履かずに未舗装の道を走り出して石に躓いたり尖った物で足を切ったりするように演る音楽なのかもしれないです。
基本痛い音楽です。痛キモチいい音楽。
というより、音楽の種類は何であれ、そういう意志で演奏する事を世間はロックと呼んできたんですね。
決して反体制とか暴力衝動とかに短絡的に結びつくものではなく、一聴すると穏やかだったり地味だったりする音の中にそういう衝動をみなぎらせている音楽は皆ロックと呼んで差支えない。
そんな風に僕は思います。
逆に言えば、痛いのや疲れるのを回避して大通り商店街を目立つ格好で闊歩したり大騒ぎ出来る自分に酔っているのはロックの風上に置いておきたくないですね。

僕がロックを感じるのは、例えばジミ・ヘンでありスライでありザ・フーであり、ジャコでありミンガスでありドルフィーであり、オーネット・コールマンでありジェイムズ・ブラッド・ウルマーであり、中村八大であり初期のRCサクセションでありTENSAWであり、サティでありグールドでありアルゲリッチでありクナッパーツブッシュであり、志ん生であり岡本喜八でありスタンリー・キューブリックであり、つげ義春でありいがらしみきおであり赤瀬川原平なのであります。皆どこかがイカれてヤバい。切れ味がカミソリでスピードがハンパない。
全盛期の金本知憲のバット・スウィングも里谷多英のスキー捌きもシャキール・オニールのダンクも入れておきたい。
外見が過激とは限りません。多分能や茶道や俳句の世界にもロックって存在するのでしょうね。

まあもともとこういう事を書きたかったんじゃないですが、何となく書きながらこういう流れになってみて、自分の中で一つ腑に落ちたところはあるのでこれは消さずにUPしておきます。
書いてみて自分で気づいたのは、ロックという言葉に俺は思い入れがそれなりにあるんだなあという事ですね。
それは、ロックと呼ばれながらその実ちっともロックじゃないものを沢山見てきたからかもしれません。
そのうちまた書きます。



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2012/04/05 (Thu) Negamo


昨日の夜更けのお月様。横浜三ツ沢付近より。

仲間たちはいつでも優しい
優しくもない時以外は優しい
はぐれるたびによく思う
…その先は秘密だけれど

頭を丸めてみて分かった事がある
風は冷たいし 日射しは容赦ない

君と離れた時の事忘れない
君が誰だったか 思い出せないけど
("Negamo" written by saco)

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2012/04/04 (Wed) 414

4/14(土) 赤坂グラフィティにて福岡英朗(v,g)のサポートでベースを弾きます。ドラムは葛迫隆敏。

思えばその昔3人それぞれ別バンドで下北沢Queで対バンをした事があり、その時はこの組み合わせで音出しするようになるだなんて1マイクロシーベルトも思わなかったもんです。隔世の感。

画像は一切関係のない近所の川、つーか運河です。昔から時々車で通り過ぎてきた界隈なんですが、まさか地元になるなんて1マイクロシーベルトも(ry

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2012/03/19 (Mon) 331

3/31(土)にサックス/フルートの春名正治さんとワタクシのユニットのliveがあります。西荻窪のClop clopというお店です。対バンはボンバードラミ(v,g)&西海しげる(g)のデュオ。ボンバー企画ですが何故か彼らは先にサッサと演ってしまって僕らが後に演る事になっているという不可解。
さらに不可解な事にワタクシがその対バンにゲスト的に加わって5曲ほど演る事にもなっています。イヤ加わるのは楽しみですけど、まあ何というか、俺休めないじゃんか!
このお店、以前も別バンドで出た事がありますがその時もそんな感じでワタクシだけ出ずっぱりだった記憶があります。普段誰も一緒に演奏してくれなくて暇でヤバいっていうのにたまにこういう目に遭うという。不条理ですね。

その対バンでのRehが昨日ありました。
Joni MitchellのGod must be a boogie man、Phoebe SnowのPoetry manとHarpo's Blues、Tracy ChapmanのFast car、The BandのThe Weightなどを演奏。
Joni以外はPOPめの曲ばかりでセッションの題材としては逆にチャレンジングなラインナップと言えます。
このユニットは、popはPopで終わらせず、jazzはJazzで終わらせず、rockはRockで以下同文という基本姿勢に貫かれていますので当たり前の演奏をするとヒジョーにショーもない感が漂ってまいります。
自分の普段の音楽や演奏への対し方というものに否応なく向き合う羽目になります。
まだあちこち色々咀嚼が足りませんが、光が見えない訳ではありません。
この共演者達に共通する点が一つあって、それは本番になると別人のような演奏をするポテンシャルの持主だという事です。
ワタクシはこの2人に較べるとそこまで才能がほとばしっていませんので共演するのはなかなか大変ですが、当たり前の演奏への嫌悪感はやはり同じように持って居ります。

あ、共通点はもう一つありました。天才系のミュージシャンにはありがちですが、凄い時と駄目な時の差がメチャクチャはっきりしているところ。
故に皆仕事が無い(-。-;
そしてそこだけはワタクシもすんなり仲間入りだ(-。-;

不条理ですなあ。

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2012/03/14 (Wed) 春

何となく冬がF.O.しつつある。今年の冬みたいのは滅多にないから、激寒だったけど行くのが惜しい。



あゝまた虫が湧いてクシャミ出て目ェ痒くなって狂ったみたいに風吹いて食べ物がすぐ腐る嫌な季節がF.I.だ。

草花の新芽が萌えるのだけが嬉しい。
街や人の庭や野山やらに色が増えるのを眺めるのも、まあ嫌いではない。
着る服の重量が減るのも、良しとする。
春キャベツとかふきのとうとかタケノコとかがぼちぼち出始めて、食べ物の味が爽やかに淡くなっていくのも嬉しくないわけではない。
トタンがセンベイ食べたり、アンダースローされた灰が蒼ざめたりするのも悪いと言うつもりはない。
紫立ちたる雲の細くたなびきたるからといって文句は特にない。

まあ色々ある。
でもとにかく私は春が嫌いだ。

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